8月9日は、81回目の長崎原爆投下の日。そして8月15日、終戦記念日。
毎年この時期になると思い出す、商売人として尊敬していた祖父についてのことを少しだけ綴らせてください。
1945年当時、私の祖父は本土決戦に備え島原半島で訓練を受けていたそうです。
防衛のための訓練だったのか。特攻のための訓練だったのか。
多くを語らない生粋の九州男児である彼の口からそれを聞き出すことは最後まで叶いませんでしたが。
やがて終戦を迎え、郷里である五島へ戻るために経由地である爆心地方面へ向かって歩いていると、道端に転がる焼けただれた鶏が目に入ったそうです。
空腹に耐え切れなかった祖父は、その場にしゃがみ込んで天然のローストチキンに食らいつきました。(天然……なのか?笑)
その後、長崎市内で生涯の伴侶を見つけた彼は、あの時のあの味、あの感動を広めるべく、稲佐山の麓で精肉店を始めたのです。
商売を始めたきっかけとしては単純な動機ですが、結果として町の人たちに必要とされる仕事を全うできた祖父は、幸せ者だったんじゃないかな。

食べものを商売にした祖父。
土を耕し、同じく食べるものを育て、これから届けていこうとしている私。
「人が生きるために必要なものを、自らの手で届ける」
祖父が亡くなって四半世紀が経ちますが、今更ながらにそんな所で接点が持てたことを少しだけ嬉しく思うのです。
8月9日。長崎でたくさんの命が奪われた日。
体験者ではない以上、戦争のことを安易に語ることはできません。
だけど、祖父が生き残った事実。
食べて、働いて、生命を繋いでくれた事実。
その事実を糧に、土を耕し、育て、次の世代へ何が残せるか。
ゆっくり考えていこうと思うのです。

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