世間には、「こうして当然」「ああすべき」
頭の中が「すべき」にまみれている人がいます。
SNSのコメント欄でよく見かけるタイプね。
今回はこのような
「すべき」に囚われた人から相談を受けた場合に、
夢や目標を語ってもらうにはどうしたらいいでしょうか?
固定観念が強くて、話が前に進まず困っています。
という質問をいただきましたので答えていきたいと思いやすわよ。

さて。まず最初に、こんなところを考えてみましょ。
固定観念にまみれたその人のことを「すべきに囚われた人」と認識することで、その人と仲良くなれそうか?ということです。
おそらくはNOじゃないかな。
長年相談業をやっていると、自分が相談相手をどう見ているのかは案外伝わってしまうなと気づくことがあります。
“非言語で伝わってしまう”というやつです。
そういう、こちらが持つ相手へのイメージを払拭する為にも、まずはこうしてみちゃどうでしょ。という提案をさせてください。
「すべきに囚われた人」を別の表現にしてみる
相手への先入観やマイナスイメージを少しでも拭い去るために、相手との距離が縮まる呼び名を考えてみてはどうでしょう。
ポイントは、
その人が大切にしていること
その人が持っている能力
ここを探ってみることです。
たとえば、目の前の人にはこんな特徴があるのかもしれません。
・過去の体験から得た学びを大切にしている
・問題を起こさないことを大切にしている
・決めたことを守り続けることができる
・周囲との関係や社会のことを考えられる
このように見てみると、
「伝統を重んじる人」
「平穏無事を願う人」
「社会との調和を大切にする人」
そんな人物像が見えてくるかもしれない。
どうでしょ?少しは距離が縮められそうじゃないスか?
少なくとも、「馬が合わない人だけど仕方ない。なんとかこの人を変えなきゃ。」なんて苦しい気持ちは弱くなるんじゃないかな。
これ、けっこう重要なポイントです。
コーチやカウンセラーあるあるなんですが、
相手と話しをするとき。私たちはいつの間にか、相手が変わることを目標にしてしまうことがあります。
でも、それって本当に相手のためなんでしょうか。
相手に合わせれば自ずと質問も変わる
相手の特徴が見えてくると、自然とこちらのアプローチも変わっていきます。
たとえば、「あなたが大切にしていることは何ですか?」「それは、どんな経験から大切にするようになったんですか?」
「逆に、どんなことは避けたいですか?」「なぜそれを避けたいんでしょう?」
「どんな社会になったらいいと思いますか?」「その社会の中で、あなた自身はどんな人でありたいですか?」
こんなふうに質問を繋いでいくと、脈絡なく「あなたの夢は何ですか?」なんて聞く必要がないんですよね。
つまり、相手に合わせる。→ そこから少し先へ進む。
いきなり自分の行きたい場所へ連れていくのではなく、まず相手が今どこにいるのかを見る。
その場所に立って、「じゃあ、ここからどこへ行こうか?」と一緒に考える。
自然な対話の流れが生まれるはずよね。
夢を語らせようとすな。
そして、ここが一番大事かもしれない。
そもそも相談者は夢なんか語らなくてもいいし、
だからこちらは夢を語らせる必要もないんです。
「すべきに囚われた人」だって、いちいち夢を語らずともそのスタイルでこれまで生きてきたわけで。
そのおかげで手に入れたものがある。避けることができた問題もある。守ることができたものもある。
そういう体験があったから、今もきっと「すべきに囚われた人」で居るんです。
つまり、「すべき」が、その人を守ってきた可能性だってある。
処世術だったのかもしれない。
だったら、「もっと自由になりましょう」「夢を持ちましょう」
「本当にやりたいことをやりましょう」などと、こちらから変えようとする必要はありません。
今まで通りその人らしく生きていけばいい。
だけど不意に相手が、「でも、本当は今ちょっと困ってて……」なんて言ってくることがあります。
その時でいいんスよ。
「そうなの?」「どうしたの?」
「どうなったらいいんだろうね。」
一緒に考えていけばいい。
人って天邪鬼なところがあるからね。
「夢を語るべきです!」なんて言われると、語りたくなくなる。
でも流れに任せて対話していると、不意に「実は、こういうこともやってみたいんだよね」と言い出すことがある。
オカンの「宿題やったの!?」と同じ。笑
自分の自由を脅かされたと感じると反発したくなる現象を、心理学では心理的リアクタンスなんて呼ばれたりしています。
こちらが「そのままでいい」と思えたとき、相手の方から動き始めることがある。
人間って、面白いね。
たとえば、「なんとしても子どもを学校に行かせなきゃ!」と考えている親はゴマンといるでしょ?
でも実は、「なぜ自分は、そこまで我が子を学校に行かせたいのだろう?」と考える必要があるのは、親のほうかもしれない。
それと同じで、「相手に夢を語らせたい」と思った時には、一度自分に問いかけてみる。
なぜ、私は相手に夢を語って欲しいんだろう?
相手と自分が一緒に目指せるものは何だろう?
そうやって自分自身を一歩引いて見てみる。
それだけでも、コミュニケーションはずいぶん変わると思いますぜ。
ならば、あなたが先に夢を語ろう
もう一つ、使える方法があります。
あなたが先に夢を語るんです。
こちらが何も自己開示せず、「あなたの夢は何ですか?」なんて聞き続けたら、「正解を答えなきゃいけないのかな?」気負わせちゃうじゃない。
だったら、こちらが先に「私はこんなことをやってみたいんですよね」と打ち明けてみる。
自分の悩みを話してみる。自分が迷った経験を話してみる。
すると、「なるほど。こういう感じで話していいんだ」という見本になるじゃないですか。
もちろん、自己開示は何でもすればいいって話じゃありません。
相手のためではなく、自分が話したいだけになっちゃったら、本末転倒。
あくまで、「相手が話しやすくなるための自己開示」です。
「夢を語るべき理由」を説明する
そしてもうひとつ。
「すべき」を好む人に対しては、「なぜ夢を語ることに意味があるのか?」を説明してみるのも手です。
「夢を語りましょう!」ではなく、「夢を言葉にすると、こういうメリットがあります」と説明する。
夢を語ることで、誰にどんないいことがあるのか。
逆に、語らないことでどんな可能性を失うのか。
なぜ今、それを考える必要があるのか。
そういう理由を説明して、「なるほど。それならやってみよう」と本人が納得できれば、それでいい。
「すべき」を大切にする人は、見方を変えれば、理由や筋道を大切にする人とも言えるわけです。
だったら、その人の得意なルールで話をすればいい。
不安を少し減らしてみる
あとは、不安を減らしてから考えてもらうという方法も有用。
「すべき」という考え方は、必ずしも悪いものじゃありません。
「こうすべきだ」と決めることで、失敗を避ける。
迷惑をかけない。人から嫌われない。秩序を守る。
そんなふうに、自分や周囲を守っている場合もあります。
だから、その「すべき」をいきなり外そうとするのではなく、
もし、その不安がなかったとしたら?と考えてもらう。
たとえば、
「何も問題が起きないとしたら、何をしてみたい?」
「周りの人が理解して協力してくれるとしたら?」
そんな質問です。
これは、いわば思考実験。
「本当にそうなるかどうか」は、とりあえず置いておく。
安全な仮想空間の中で、「だったらどうしたい?」を考えてみる。
すると、普段は「〜すべき」に隠れていたものが、ひょこっと顔を出すことがあります。
不思議よね。
体をゆるめると、考え方も変わる
そして、意外と見落とされがちなのが環境です。
緊張感のある状況で、「あなたの夢は何ですか?」と聞かれても、なかなか答えにくいですわな。
だったら、少し伸びをする。
深呼吸する。姿勢を変える。明るさを変える。好きな景色を見る。好きな音楽を聴く。
そんな小さな工夫をしてみてもいい。
「頭の中をどうにかしよう」とするだけではなく、考えやすい状態をつくる。
これも、人の話を聞く上で大切な視点だと思います。
対話は自由でいい
「正しい質問をしなければ」
「正しい順番で進めなければ」
「必ず夢を見つけてもらわなければ」
こちらまで「すべき」に囚われてしまっては意味がありません。
そもそもが夢なんて語らなくても、幸せに生きることはできます。
価値観を大切にする。
誰かの役に立てることを探す。
今ある幸せを大切にする。
いろんな生き方があります。
だから、「夢を語らせなければ!」と、こちらが焦る必要はありません。
むしろ、「この人にとって、幸せに生きるとはどういうことなんだろう?」と、一緒に考えてみる。
その結果として、夢が出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない。
どちらでもいい。
大切なのは、相手を自分の望む場所へ連れていくことではなく、相手が自分の行きたい場所を見つけるのを手伝うこと。
すべきに囚われている人にも、その人なりの理由がありますからね。
その「すべき」を取り除こうとする前に、
「どうして、それを大切にしているんだろう?」
ちょっと覗いてみる。
すると、「すべき」の奥に、その人が守りたかったものや、大切にしてきたものや、本当はこうなったらいいと思っている世界が隠れていることがあります。
そこまで一緒に見つけることができたら。
もしかすると、夢を「語らせる」のではなく、本人が、自分の言葉で語り始める。
そんな瞬間がやってくるのかもしれませんね。
うん。コミュニケーションは奥が深くて楽しい。


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